「鉛弾・釣り糸・プラスチックによる被害」
野生動物救護獣医師協会
植松 一良(獣医師、昭島動物病院)
戸田 昭博(獣医師、富山市ファミリーパーク公社)
1、はじめに
以下のデーターは、1993年1年間に野生動物救護獣医師協会所属の病院で保護加療を行った記録の内、回収したカルテについて集計したものです。
有効報告総数は 879件、内訳は鳥類 834件(94.88%)哺乳類42件(4.78%) 爬虫類 3件(0.34%)で、診療の95%近くを占める鳥類は、16目77種におよんでいます。疾患別に分類すると、油汚染や農薬中毒などの環境系 320件(36.4%),交通事故等の外科系 305件(34.1%),感染症や衰弱などの内科系 131件(14.9%),神経系21件(2.4%), 寄生虫系10件(1.1%), 正常79件(9.0%), 不明13件(1.5%)となっています。予後は、死亡 471件(53.6%),安楽死15件(1.7%), 放鳥獣 178件(20.3%),飼育継続 112件(12.7%),不明 103件(11.7%)であり、全体の7割を占める交通事故や、電線・建物等に激突する症例、海洋での油類の流出による被害を除くと、釣り糸による被害、鉛の散弾や錘を飲み込む事による鉛中毒、プラスチックやビニールを原因とする症例が大半を占めることになります。
典型的な症例をそれぞれ紹介し、我々の手を離れた廃棄物が野生の鳥達に与える影響について考えてみたいと思います。
2、水鳥の鉛中毒
写真1は、釣りの錘を飲み込んだコハクチョウのレントゲン写真です。ハクチョウをはじめ、ガンカモ類の鳥は小石を飲み込んで胃の中に貯え、その小石を歯の代わりに食物をすり潰すことに利用しています。この消化器生理の為、水鳥達は水辺に放出された散弾・釣り錘を小石と一緒に飲み込んでしまい、重篤な鉛中毒を発症します。わが国でも1960年代からハクチョウ類の斃死例が報告されていましたが、鉛中毒との関連は明らかにされていませんでした。その後1985年から87年に死亡したオオハクチョウ17羽、コハクチョウ8羽のうち約3割に相当する7検体が鉛による中毒死とみられ(立川等、日本生態学会誌、1988)、いずれも日本において散弾を摂取したとされています。このようにわが国においても水鳥の鉛中毒が危惧されるなか、1989、90年の両年には、北海道美唄市郊外の宮島沼で100羽を越えるハクチョウ類、マガンが衰弱・斃死し、これまであまり問題視されていなかった水鳥の鉛中毒が大きく取り上げられるようになりました。これらの斃死個体は、病理解剖ならびに血液、組織内鉛濃度分析の結果、最大で44個もの鉛散弾が1羽のオオハクチ
ョウの胃から検出され、他の個体でも鉛の血中濃度が正常値の 100〜200倍に達しており、鉛中毒の被害の悲惨さがうかがえます。現在までの日本での事例をまとめると、表1のようになります。
○表1 国内の野生鳥類鉛中毒発生事例
年月 地域 種類 数 原因 報告者 出典(*)
80/11 北海道阿寒町 タンチョウ 1 散弾 釧路市動物 S12
81/? 北海道 ハクチョウ 3 鉛中毒 松井繁 F2
85/02 新潟県 オオハクチョウ 1 散弾 立川涼 JE
85/12 北海道 オオハクチョウ 2 散弾 立川涼 JE
85/02 北海道 コハクチョウ 1 散弾 立川涼 JE
85/02 新潟県 コハクチョウ 1 散弾 立川涼 JE
86/? 北海道宮島沼 ハクチョウsp. 6 鉛中毒 松井繁 F2
87/10 北海道中標津町 タンチョウ 1 散弾 釧路市動物 S12
87/04 北海道 オオハクチョウ 1 散弾 竹下信雄 B
89/04 北海道宮島沼 マガン 1 散弾 北海道大学 HV
89/04 北海道宮島沼 オオハクチ 33 散弾 北海道大学 HV
90/09 北海道宮島沼 カルガモ 1 散弾 星子簾彰 F2
90/12 長野県諏訪湖 コハクチョウ 1 釣り錘 竹下信雄 B
90/09 北海道宮島沼 カルガモ 1 散弾 星子簾彰 F2
90/05 北海道月形町 オオハクチョウ 1 散弾 竹下信雄 B
90/05 北海道江別市石狩川 コハクチョウ 1 散弾 酪農学園大 S2
90/04 北海道宮島沼 マガン 80 散弾 北海道大学 JV
90/04 北海道宮島沼 オオハクチョウ 18 散弾 北海道大学 JV
90/05 北海道クッチャロ湖 コハクチョウ 1 散弾 黒沢信道 HN
90/05 北海道稚内大沼 コハクチョウ 1 鉛中毒 黒沢信道 HN
91/05 北海道宮島沼 マガン 1 散弾 北海道庁 F2
91/04 北海道 オオハクチョウ 1 鉛中毒 北海道大学 T
91/05 北海道宮島沼 オオハクチョウ 2 散弾 北海道庁 F2
91/11 石川県小松市 マガモ 1 散弾 竹下信雄 B
91/11 北海道宮島沼 カモsp 1 散弾 星子簾彰 F9
91/11 北海道 マガン 1 鉛中毒 北大剖検記録 S2
91/O4 北海道標茶町 タンチョウ 1 釣り錘 釧路市動物 S2
91/11 北海道宮島沼 マガン 2 散弾 星子簾彰 S9
92/02 埼玉県多々良沼 コハクチョウ 1 散弾 竹下信雄 B
92/02 宮城県角ノ柄堤 ハクチョウsp. 1 鉛中毒 竹下信雄 B
92/10 北海道釧路湿原 タンチョウ 1 釣り錘 竹下信雄 B
92/01 北海道シラルトロ湖 オオハクチョウ 1 釣り錘 北海道大学 T
92/02 北海道 コハクチョウ 1 鉛中毒 北海道大学 T
92/12 北海道ウトナイ湖 オオハクチョウ 1 鉛中毒 北海道庁 S16
93/12 長野県豊科町犀川 コハクチョウ 1 釣り錘 望月明義 WRV
93/11 長野県豊科町犀川 マガモ 1 散弾 望月明義 WRV
93/12 北海道風連湖 オオハクチョウ 1 釣り錘 森田正治 S20
93/02 長野県豊科町犀川 コハクチョウ 1 釣り錘 望月明義 WRV
93/02 長野県梓川村 オオハクチョウ 1 釣り錘 望月明義 WRV
93/11 長野県明科町犀川 ホシハジロ 1 散弾 望月明義 WRV
93/12 長野県豊科町犀川 コハクチョウ 1 釣り錘 望月明義 WRV
93/02 埼玉県川本町 コハクチョウ 1 散弾 新井千明 WRV
93/03 埼玉県川本町 コハクチョウ 1 散弾 新井千明 WRV
94/12 長野県諏訪湖 コハクチョウ 1 釣り錘 望月明義 WRV
94/07 長野県松本市小宮 カルガモ 1 散弾 望月明義 WRV
94/01 群馬県多々良沼 コハクチョウ 1 散弾 若松 WRV
94/03 長野県池田町 コハクチョウ 1 散弾 望月明義 WRV
94/01 埼玉県川本町 コハクチョウ 1 散弾 新井千明 WRV
95/01 長野県諏訪湖 コハクチョウ 1 釣り錘 望月明義 WRV
95/01 長野県諏訪湖 コハクチョウ 1 釣り錘 望月明義 WRV
95/01 埼玉県川本町 コハクチョウ 1 散弾 新井千明 WRV
*B:バーダー Vol.7,N0.6(竹下信雄、1993)
F2:第2回野生動物救護研究会フォーラム報告集(エコネットワーク、1992)
T:天然記念物マガンの鉛中毒の発生調査・病態の究明(板倉智敏、1992)
JE:日本生態学会中国四国大会講演要旨(立川涼、1988)
JV:日本獣医師会誌 Vol.44(板倉智敏、1991)
HV:北海道獣医師会誌 Vol.34(板倉智敏、1990)
S2:サポート第2号(野生動物救護研究会、1990)
S9:サポート第9号(野生動物救護研究会、1992)
S12:サポート第12号(野生動物救護研究会、1992)
S16:サポート第16号(野生動物救護研究会、1993)
S20:サポート第20号(野生動物救護研究会、1994)
WRV:水鳥の鉛中毒症例検討会(野生動物救護獣医師協会、1995)
この数字は死亡直後に回収され、しかるべき研究機関に送付されたものだけなので、実際の被害はさらに何十倍も存在するものと考えられます。
鉛などの重金属汚染は更に、鉛中毒により衰弱したり死亡した水鳥を捕食する猛禽類の体内に蓄積され、繁殖障害などの被害を2次的に引き起こす事も心配されます。
3.釣り糸による被害
写真2は、死体として回収されたウミネコで、釣り糸による被害の1例です。ウミネコのように港や防波堤などを歩く鳥は、そこに放置された釣り糸を足に引っかけ、やがてこのように足を失ってしまうことがあります。他にも、口に糸が巻き付き、おそらく採食不能となり、やせ細った個体や、針の付いた釣り糸を飲み込み消化器障害を発症した臨床例も経験しています。これらの場合、直前まで命あるものとして生活を営んでいたわけですから、人目に触れることもあったかもしれません。
死体として回収された個体を多数扱いましたが、釣り糸による被害と断定できる個体は意外に少なかったように思われます。しかし、その総てが深刻な被害であることから、釣り糸による被害を受けた場合、おそらく短期間のうちに死亡し、回収されることが少なかったのではないかと思われます。
4.プラスチックによる被害
近年、アメリカの海洋自然保護センター(CMC)の呼びかけによって、世界的に広がりを見せた海岸のクリーンアップ事業により、海岸に最も多く打ち上げられるごみはプラスチック製品であることが知られるようになりました。多くの野生動物がこれらを誤って飲み込んだり、手足に絡ませるなど、多様な被害を受けていることが報道番組などでとりあげられ、多くの人に知られるようになりました。しかし、一見健康そうな鳥でも、実はその多くが目に付かない被害を受けていることはあまり知られていません。私の調査では、東京湾の鳥の35.8%、ガンカモに限定すれば62.5%の鳥が写真のようなプラスチックの粒子を胃の中に保有していたのです。この粒子は、餌と間違えるだけでなく、砂や小石の代用としても取り込まれていると思われます。本来の目的とは異るため、消化、消耗されることなく胃の中に多量に蓄積し、採餌量の減少が起こることが想像されます。採餌量の減少は体力の低下を起こし、繁殖率の低下を招きます。やがて、個体に対する危機ではなく、種の維持に対する脅威となるでしょう。
5、最後に
上記のように見てくると、我々が放出している廃棄物の内、分解しないものは出来るだけ回収するのが、被害を防ぐ最良の方法であるのは何方にも理解できる事と思います。しかし、実際にはなかなか回収しきれていないのが現状です。ビニール袋やプラスチック製品の回収は、我々一人一人が毎日の生活の中で心掛けるしか、方法がないでしょう。では、鉛散弾や、釣り錘、釣り糸など、野外で回収困難なものについてはどのような対策が考えられるでしょうか。鉛散弾や錘については、既に諸外国で取り組まれているように、鉄を原料とする製品に置き換える事が考えられます。釣り糸やその他のビニール・プラスチック製品についても、数日で分解する様につくられた製品の開発が急ピッチで進められています。次の世代に多様な生態系を引く次いで行く為には、その様な製品を速やかに普及させるよう、強力な施策や運動を進めて行く事が我々の世代に科せられた責任ではないでしょうか?
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